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宮下自治会の歴史と自治会館
                    更新日:20161225 Fujino


 明治の初め頃久保田安兵衛氏がこの地域の部落のために土地を寄贈されたのが始まりです。
 当時は100戸ほどしか無く部落長であった井上嘉助氏ほか88名の連名で明治8年
(1875年)に登録されました。
 
 時代を経て昭和22年(1947年)にこの地域は小山字相原村になったのですが、相模原市が誕生した時、不思議なことに“相原村”が登記証から抹消され“小山字2220”となっていました。
 市政施行時点で“相原村xxxxx”となっていたら現在の町田市の中に入りますので恐らく現在の自治会館は存在しなかったのではないでしょうか。
 先人の会長が直したものなのか或いは市政施行時に漏れたのか今では定かでありません。
 いずれにしてもこの結果現在の宮下(本町)があり自治会館が存在したのですから。

 一方でこの地の人々が蚕影神社をまつり、庵を開くなどして神仏の講を続け、部落の青年団
も利用したり、遊園地を造るなどの活動を続けていました。
 昭和60年頃にはこの講も諸般の事情から継続が困難となり、当時の自治会へ遊園地と蚕影
神社および庵のお世話を依頼され自治会で継承することになりました。自治会ではその後、蚕影神社や遊園地など敷地全域の整備を実施し、中に自治会専用の倉庫も建設しました。
 後に現在の自治会館建設が実現したわけですが実はこのときの“倉庫”がとても大きな役割を果たします。
 自治会を護り育てて下さった先人の知恵と努力に改めて敬意を表したいと思います。

 さて、現在の自治会館建設の経緯ですが、なかなか難しい状況の中それを可能にした幾つか
の理由を以下に述べてみます。

 1)第一にこの地が久保田安兵衛氏より寄贈されたこと。
 2)その土地に既に自治会専用の倉庫が建設されており、既存建築物の続きとして自治会館建設の許可が得られたこと。
 3)防衛施設庁管理の現米軍補給廠の中に以前小学校があったことが立証され地域として1600万円の補助金を受けられたこと。
 4)相模原市より400万円の補助金を受けたこと。
 5)更に何といっても地元会員の皆様の分担金及び寄付金で1000万円が集まったこと。

 この結果合計3000万円の資金が準備できて自治会館が建設されることになりました。

 特に昭和60年度の役員の皆様と建設委員会の皆様、分担金及び寄付金をいただいた地元会員の皆様方のご尽力に感謝いたします。
 更に工事着工から落成に至るまで尽力頂いた朝日建設殿、地鎮祭及び蚕影神社の建設等等にご尽力頂いた連乗寺ご住職に深謝致します。

 なお、自治会館建設にあたり寄付金をいただいた方々に対しては、木札にその名を記録し自治会館一階ホールに永久保存して参ります。

 「団地管理組合法人」について

 この法人は、所有権が特定の人にならないよう建物の区分所有等に関する法律として、昭和58年に法律第51号として改正、公布されているものです。
 宮下自治会館のように地域性があり、地域の人々の寄附により建設されたものは特定の人の所有権にせず代表理事(自治会長)を代えることで所有権は移動いたしません。
 宮下自治会館団地管理組合法人には、代表理事のほかに宮下本町の各丁目から2名、計6名の理事を選任するとともに、監事2名を選任しています。
 これらの役員は、宮下自治会館団地管理組合法人の不動産に財産管理上の変更が生じた場合、宮下自治会の監督の下に理事会を開き審議し決定する仕組みになっています。

 
 歴代会長一覧
以下に宮下自治会における初代会長から現在の会長までの一覧を掲載します。
平成28年(2016)は初代会長から数え丁度60年の節目を迎えました。
 
年 号 西 暦 自治会長
昭和31年 1956年 初代  原 虎雄
1 昭和32年 1957年 2代  原 国三郎
2 昭和33年 1958年  原 国三郎
3 昭和34年 1959年 3代  久保田 勝美
4 昭和35年 1960年 4代  久保田 忠一
5 昭和36年 1961年  久保田 忠一
6 昭和37年 1962年 5代  原 祐弘
7 昭和38年 1963年  原 祐弘
8 昭和39年 1964年 6代  井上 道重
9 昭和40年 1965年 7代  関口 勇次郎
10 昭和41年 1966年 8代  山崎 市三郎
11 昭和42年 1967年 9代  久保田 忠一
12 昭和43年 1968年 10代  内田 金弥
13 昭和44年 1969年  内田 金弥
14 昭和45年 1970年 11代  宮崎 武正
15 昭和46年 1971年  宮崎 武正
16 昭和47年 1972年  宮崎 武正
17 昭和48年 1973年 12代  久保田 重久
18 昭和49年 1974年  久保田 重久
19 昭和50年 1975年 13代  岡本 昇吾
20 昭和51年 1976年  岡本 昇吾
21 昭和52年 1977年 14代  山崎 富夫
22 昭和53年 1978年 15代  久保田 利正
23 昭和54年 1979年  久保田 利正
24 昭和55年 1980年  久保田 利正
25 昭和56年 1981年 16代  関口 茂夫
26 昭和57年 1982年  関口 茂夫
27 昭和58年 1983年  関口 茂夫
28 昭和59年 1984年  関口 茂夫
29 昭和60年 1985年 17代  高山 弥市
30 昭和61年 1986年  高山 弥市
31 昭和62年 1987年  高山 弥市 昭和歴
32 昭和63年 1988年  高山 弥市 昭和63
33 平成 元年 1989年  高山 弥市 昭和64
34 平成 2年 1990年  高山 弥市 昭和65
35 平成 3年 1991年  高山 弥市 昭和66
36 平成 4年 1992年  高山 弥市 昭和67
37 平成 5年 1993年  高山 弥市 昭和68
38 平成 6年 1994年  高山 弥市 昭和69
39 平成 7年 1995年  高山 弥市 昭和70
40 平成 8年 1996年  高山 弥市 昭和71
41 平成 9年 1997年  高山 弥市 昭和72
42 平成10年 1998年  高山 弥市 昭和73
43 平成11年 1999年  高山 弥市 昭和74
44 平成12年 2000年  高山 弥市 昭和75
45 平成13年 2001年 18代  贄田 栄一 昭和76
46 平成14年 2002年  贄田 栄一 昭和77
47 平成15年 2003年  贄田 栄一 昭和78
48 平成16年 2004年  贄田 栄一 昭和79
49 平成17年 2005年 19代  石井 今朝太 昭和80
50 平成18年 2006年  石井 今朝太 昭和81
51 平成19年 2007年  石井 今朝太 昭和82
52 平成20年 2008年  石井 今朝太 昭和83
53 平成21年 2009年  石井 今朝太 昭和84
54 平成22年 2010年 20代  中野 政雄 昭和85
55 平成23年 2011年  中野 政雄 昭和86
56 平成24年 2012年  中野 政雄 昭和87
57 平成25年 2013年 21代  入谷 利郎 昭和88
58 平成26年 2014年  入谷 利郎 昭和89
59 平成27年 2015年  入谷 利郎 昭和90
60 平成28年 2016年  入谷 利郎 昭和91
 

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